三井寺と力餅と丸二果実店

数年前、琵琶湖疎水沿いを歩いたことがある。その出発地点が滋賀県大津市の三井寺駅だった。当時は三井寺を観光する時間の余裕がなかったが、いつか参拝したいと思っていた。

ので、行ってみた。

とても大きな寺で、高台から見下ろす琵琶湖は綺麗で、古いお堂は恰好良かった。

この三井寺の公式ホームページに「弁慶の引き摺り鐘」という項目があって、

「山門との争いで弁慶が(三井寺から)奪って比叡山へ引き摺りあげ」たという伝説が残る鐘の話があった。

この山門というのは天台宗内部における派閥を表すようで、「延暦寺を山門、三井寺を寺門と称し、天台宗は二分され」ているそうだ。

実際に「寺門伝記補録」という書物に、

文永年間にこの鐘が比叡山に持ち去られていたとの記事があって、この鐘には傷や欠損があるため、これらの損傷は山門、寺門両門の抗争の名残と考えられているらしい。

一つの宗派の中であっても熾烈な内部抗争が絶えないというのは、現代の会社や政党でも頻繁に見られる光景で、時代が変わってもヒトは争い続けているし、出家した僧侶であっても争っていたんだな、と古刹を歩いてげんなりしてしまったので

本来の目的地である三井寺力餅本家に向かった。

おれは餅や求肥が大好きである。

また、恋人の耳たぶを触るのが大好きである。

この力餅は、先の三井寺と弁慶の怪力にちなんで名づけられた餅だそうで、三井寺力餅の公式ホームページにもその由来が紹介されている。

「その当時、延暦寺と三井寺の僧達は非常に仲が悪く、我が方こそ仏祖の教えと争っていましたが、ついに弁慶を先頭に比叡山の僧が一斉に兵を挙げ、三井寺に攻めこみ、数多くの堂塔伽藍を焼き尽くしました。」

とある。

焼き尽くすなんて、かなり過激である。

仏祖は「自分と考えの違う人を暴力をもって調伏しなさい」と言ったのだろうか。

そんなことを言っていないと願いたい。

力餅はめちゃくちゃ柔らかくて後ひく甘さの餅に、きな粉がたっぷりとまぶしてあって非常に美味。最高。

甘いものを食べたい欲が目を覚ましたので、次は三井寺力餅本家から徒歩圏内の、菱屋町商店街にある丸二果実店に向かった。店内に喫茶コーナがあったので、「その日のフルーツパフェ」を食べた。これも美味。最高。

美味しいものを食べるということが人類共通の優先順位のトップであれば、暴力的な争いは避けられるのだろうかという考えが頭をよぎったが、

おれの美味しいと思うものと恋人の美味しいと思うものは異なるし、このちっぽけな二人だけの関係においても嗜好の違いに起因するイザコザが発生するので、争いを避けるためにはその都度の話し合いと、お互いの譲歩しかないのだろうと思った。