キルフェボンのタルト

男が甘いものを好んで食べるなんて恥ずかしい。

こんな考え方は滅んで久しいが、自分が若かりし頃はこのような社会的風潮はしっかりと残っていたので、甘いものが好きなおれは少し難儀した。今のように一人でカフェに入ってスイーツを食べるという、勇気と行動力がなかったからだ。

それにしても、スイーツと言う(書く)のは何だか恥ずかしい。おれが若かった頃、甘味をスイーツと表現する文化がなかったため、未だに言い慣れない。言い慣れない、というか自分が使わない言葉として、他にも「ガチ」や「神」などがある。

そういえば、口語で「神」を使う人間に初めて出会った時のことを鮮明に覚えている。

友人と「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を鑑賞後、館内が明るくなって立ち上がった時、後ろに座っていた若い女性が「神〜」と言いながら号泣していたのだ。

化粧もボロボロになる程泣き崩れて、ハンカチで目を押さえ、鼻を拭いながら「神〜」と言う女性を見て、おれのヱヴァへの情熱は彼女に遠く及ばないのではと不安を覚えた。しかし己の情熱は人と比較する必要はなく、それに感情が表に出ずともおれはおれでヱヴァのことを真剣に想っているのだと思い直したのだった。その夜のことを、今でもたまに思い返す。

話は逸れたが、若い頃に単身で甘味処に乗り込む勇気がなかったおれは、女友達や友人カップルとよくカフェに行った。おれが大好きなキルフェボンも、男一人で乗り込むには少し勇気がいる店構えをしている。全体が、こう、なんというか、『こういうしつらえ、女性は好きですよね?』という感じがするのだ。

そして、おれはその感じが大好きである。

キルフェボンのグランメゾン銀座店なんて地下にあって、階段を降っていくだけでワクワクするのに、それに加えて『パリの蚤の市で見つけたんですか?』という感じの少しボロい、ペンキの剥げたテーブルや椅子が配されていて洒落ている。

ちなみに、パリはおろかフランスに行ったことがない。

ちなみに、パリは「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の舞台になっているのでいつか行かなければならない。

話は逸れたが、キルフェボン東京スカイツリータウン・ソラマチ店はショッピングモールの中にあるので、男一人でも気軽に立ち寄れる。そう思って入ったが、周りは全て女性客だった。でもおれはもうおじさんなので、へっちゃらである。

ちなみに、店に入って飲食するのが恥ずかしい男性は、買って家で食べれば良いじゃないかという意見も昔は聞こえたが、おれは店の雰囲気と店員の給仕も含めてキルフェボンのタルトを楽しみたいので、店内で飲食したい派である。

また、できたてのものを食べたい派でもある。